今回はある意味書評ですが、最近読んでいる本について。
私も小学生&未来の小学生の母なので、小学校での英語必修化については気になっています。もっとも国会では今のところ、教育基本法改正への動きのほうが大きいようで(これについては別の機会に書きますが)目だった動きは今のところないようですが・・・。児童英語や補習塾で英語を教えていた経験があるので、小学校英語について私の考えをちょっとまとめてみます。
必修化については、「条件付賛成」という、かなりあいまいで微妙な考えを持っているのです。その理由として
・英語を教えられる教員が極めて少ない。(児童英語教室の講師さんは、教員とはまた、別なんです)
・文化などの違いを子どもたちにどう教えるか?ということ
・母語の学習を終えていないうちに外国語を学ぶことの弊害があるのが心配
1つずつ解説していきます。(実は、この本で著者の鳥飼さんが書いていらっしゃることとかぶっている部分も多いです)まず、第一の点。中学の英語教員が小学校へくればという話もありますが、私もですが、中学の教職課程には、児童心理はありません。小学生と中学生というのはいろいろ違う部分が多いので、小中両方の免許を持っている方(たまにいる)にお願いするなら多少まし、ですが、現実的ではないと思う。しかも、小学校で、学校教育として(ここ重要ね)英語指導をするためのメソッドというのは確立されていないのではないか、それで必修化って。怖いです。
英語の文化は、日本のそれとは違う部分が大きいというのも、ある程度学んでくると見えてきます。1つはキリスト教の問題。意外にも、宗教的な年中行事ってのがあります。また、アメリカンジョークでも、背景を知らないと笑えないとか。そして、結構小学校で英語を習ったことで英語をキライになる子が多いという話を鳥飼さんも書かれていましたが、その理由の1つにゲームがうまく出来なかったとか、当てられても話せなかったなんてのが・・・。みんな一緒、出るくいは打たれるという傾向がある日本ですが、英語という言語(英語に限らずかもしれません)は、「主張する言語」。奥ゆかしく引っ込んでいれば、存在を忘れられてしまうかもしれない。
3つ目、これは本の中にも出てきた話でもありますが、私の経験として、母語の理解力以上の外国語の理解力というのはありえない。日本人が喋れない理由の1つにある「読み書き文法」ですが、やはりきちんとしている文章を発表できる人は評価が高いです。発表会でスピーチをするのに、中学生に原稿を書かせるんですが、知らない単語があるのはしょうがないにしても、習った文型を使えばいいといっても、何を言いたいのか、何を伝えなければならないか、日本語で書かないと出来ないという。では作文を書いて、というと、これが見事に・・・書けないんですよ。「国語もきちんとできないのに、英語って?」という疑問を持っている人は、このあたりを言っている場合もあるかもしれません。
他にも、幼児の頃に外国に行っていた、まだ母語の獲得年齢だったという帰国子女のアイデンティティがぐらついているという話など、実際に帰国子女の方とお話した時に「私、自分が何人なのか分からない時があるんですよね」という言葉に合致するということもありました。
ところで、小学校で英語を必修化してほしいというのは、社員教育の余裕がなくなってきた企業と、英語教育になんらかの恨みや不満を抱いている親の声が大きいんだとか。確かに、「英語を習ったのに喋れない」っていう人は多いですよね。でもそれって、学習方法が間違っていたのか?自分がやったと思っていても意外と身についていないのか?学習法以前の問題、たとえば引っ込み思案で物怖じする(すいません、これ私。外国で夫に喋らせちゃったのは、物怖じしたから)という性質のせいなのか?なんてことを、きちんと考えたほうがいいのかも??
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